2026/11/02 00:51











STILL BY HAND ウールサージ1タックパンツ PT07264
何気なく穿く姿に、さりげない格好良さが表れる。
服を長く見続けていると、きちんとした服を着ることと、お洒落に見えることは、必ずしも同じではないと感じる。素材が良く、仕立てが綺麗で、シルエットも整っている。それでも、どこか頑張ってお洒落をしてきた印象になってしまうことがある。反対に、特別なことをしているわけではないのに、何気なく穿いているパンツが妙に格好良く見えることもある。
その違いは、ほんの少しの設計にあるのではないだろうか。腰回りのゆとり、ポケットの形、股上の取り方、生地が身体から離れて落ちる様子。ひとつひとつは目立たない要素でも、それらが組み合わさることで、穿いたときの印象は大きく変わってくる。
STILL BY HANDのウールサージ1タックパンツは、まさにそんな服だ。フロントには1タックとスラントポケットを備え、クラシックなドレストラウザーズの端正な表情を持たせながら、後ろにはカジュアルなパッチポケットを配置。さらに股上を深めに取りながらも、正面からは余分なモタつきを感じさせず、すっきりとした見え方に仕上げている。奇抜なデザインではない。けれど、一般的なウールスラックスとも少し違う。その違いが、実際に穿いたときに効いてくる。
僕がSTILL BY HANDを見ていて惹かれるのは、こういう服だ。素材とパターン、細かな仕様の組み合わせによって、着る人の姿を自然に整える。どこかを大きく変えるのではなく、ほんの少しの違いを積み重ねる。その控えめなデザインの中に、服作りの面白さが詰まった一本だ。
軍服と紳士服をつないだウールサージ
使用されているのは、伝統的なウール織物であるサージ。サージとは、斜め方向に織り目が現れる綾織りを基本とした生地のことで、ウールサージには梳毛糸を使用したものが多い。梳毛とは、羊毛を櫛で梳いて繊維の方向を揃え、比較的長い繊維を中心に糸を作る紡績方法。そのため、毛羽を活かした紡毛系のツイードやフランネルとは異なり、織り目の整った滑らかな表面を作りやすい。
このウールサージには、非常に長い歴史がある。英国では古くから衣服用の織物として使われ、やがて軍服や制服にも採用されるようになった。特に20世紀前半の英国陸軍では、カーキ色のウールサージがサービスドレスなどに使用されている。また第二次世界大戦期の米陸軍でも、1937年型のウールサージトラウザーズが採用されていた。現在ではドレスパンツを連想させる素材が、かつては兵士たちの日常を支える実用的な服地でもあったというわけだ。
ウールサージが長く使われてきた理由のひとつは、綾織りの構造にある。経糸と緯糸の交差位置を規則的にずらすことで斜めの畝を作る綾織りは、平織りとは異なる柔軟性を持ち、生地に適度な動きを与える。そこに羊毛本来の弾力が加わることで、仕立てた形を保ちながら、身体の動きにも対応できる織物となる。軍服としての実用性と、紳士服としての美しい見え方。その両方を支えてきた素材なのである。
興味深いのは、軍服としての歴史を持つこの生地が、現在ではドレススラックスを代表する素材のひとつになっていることだ。かつては丈夫さや実用性を求めて使われてきた織物が、今では滑らかな表面や自然なドレープを活かした服作りにも用いられている。STILL BY HANDは、そんなウールサージの持つ端正な印象を活かしながら、パターンやディテールによってカジュアルな要素を加えている。
そして、この素材が今回のパンツで面白いのは、やや太めのストレートシルエットとの組み合わせだ。ウールサージの整った表面がパンツ全体を綺麗に見せる一方、綾織りの柔軟性が腰回りのゆとりやタックから生まれる生地の動きを受け止める。太さがあっても輪郭が曖昧になりすぎず、身体の線を拾いすぎることもない。生地の性格とシルエットが、互いの良さを引き出している。
前と後ろで変わる表情
このパンツのデザインで特に注目したいのが、前後で異なるポケットの仕様だ。フロントには1タックと斜めに開いたスラントポケットを採用。スラントポケットは伝統的なドレストラウザーズにも見られる仕様で、手を入れやすい実用性と、腰回りをすっきり見せる役割を持っている。タックによって腿周りにゆとりを確保しながら、ポケットの斜めのラインが腰から下へ自然につながることで、フロントには整った表情が生まれる。
ところが、後ろに回ると印象が変わる。一般的なドレススラックスであれば、ヒップポケットには玉縁ポケットを採用することが多い。生地に切り込みを入れ、その周囲を細い玉縁で始末することで、ポケットを身頃の中に収め、後ろ姿を平面的に整えるためだ。
それに対して、このパンツではパッチポケットを採用している。身頃の上から別布を縫い付ける構造は、カジュアルなパンツにも広く見られるもの。ポケットそのものの輪郭が表に現れ、縫い付けたステッチもデザインの一部となる。玉縁ポケットでは生まれない、少しくだけた後ろ姿になるのだ。
ここが実にSTILL BY HANDらしい。フロントだけを見ればクラシックなウールスラックス。しかし後ろには、パッチポケットによるカジュアルな表情がある。ドレスとカジュアルという異なる要素を組み合わせながら、どちらか一方に寄せすぎない。しかも、それを大げさな切り替えや装飾ではなく、ポケットの仕様だけで表現しているところが面白い。
滑らかで整ったウールサージに、あえてパッチポケットを組み合わせる。仮に後ろも玉縁ポケットで仕上げていたなら、もっと正統派のスラックスに近づいていただろう。しかし、それでは今回のパンツが持つ気取らない表情は生まれない。正面から見たときには端正なウールスラックスなのに、後ろへ回ると少しくだけている。この前後のわずかな温度差を、ポケットの選び方ひとつで生み出しているところに、STILL BY HANDのデザインの巧さがある。
深い股上を見せない設計
シルエットは、やや太めのストレート。腰回りには1タックによるゆとりを持たせ、腿から裾にかけて自然な太さを残している。極端に裾を絞ったテーパードでも、必要以上に幅を広げたワイドパンツでもない。生地が縦に落ちる様子を活かした、落ち着きのあるストレートシルエットだ。
そして、もうひとつ見逃せないのが股上の設計。股上は深めに取られているものの、正面から見るとその深さをあまり感じさせず、腰回りに余分なモタつきもない。1タックによって腿周りに自然なゆとりを確保しながら、フロントの輪郭はすっきりと整えられている。腰回りだけに量感が集中するのではなく、腿から裾までやや太めのストレートラインが続くことで、パンツ全体にゆとりが自然につながって見える。深い股上を強調せず、全体のシルエットとして成立させているところが巧い。
ここでも、ウールサージの素材感が効いてくる。腰回りにゆとりを持たせても、生地が自然に下へ落ちることで、必要以上に膨らんだ印象になりにくい。フロントのタックから生まれる量感、深めの股上で確保したゆとり、そして裾まで続くストレートライン。それぞれの設計がつながることで、綺麗な見え方とリラックスした穿き心地が共存している。
このパンツは、正面から見るとウールスラックスらしい整った印象があり、横から見ると腰回りの自然なゆとりが感じられ、後ろ姿にはパッチポケットが控えめなアクセントを加える。見る角度によって少しずつ違う表情を持ちながら、全体としては決して大げさにならない。細部を見ればしっかり考えられているのに、穿いた姿にはその工夫を意識させない。そこに、このパンツの面白さがある。
何気なく穿いた姿に残るもの
このパンツの一番の魅力は、何かひとつのディテールが目立つことではなく、それぞれが自然につながっているところにある。ウールサージの端正な表情、フロントの1タックとスラントポケット、後ろのパッチポケット、深めの股上、そしてやや太めのストレート。ひとつひとつにはきちんと理由があり、それらが組み合わさることで、穿いたときの格好良さが生まれている。
服を長く見ていると、こうした小さな違いを積み重ねて、何気ない一本に仕上げることの難しさが分かってくる。目立つ装飾や極端なシルエットに頼らず、素材とポケットとパターンだけで印象を変える。しかも、その工夫を着る人に意識させないところまで仕上げている。LAMPAでこのパンツを紹介したいと思った理由も、まさにそこにある。
何気なく穿いているだけなのに、どこか格好良い。正面から見れば端正なウールスラックスでありながら、後ろへ回ればパッチポケットが少しくだけた表情を見せてくれます。深めの股上とやや太めのストレートが作る自然な立ち姿にも、このパンツの魅力が表れています。特に、正面から後ろへ回ったときの印象の変化。そこにこそ、STILL BY HANDらしい服作りの面白さが表れています。
